[維新]足立康史「『朝日死ね』がダメで『日本死ね』がなぜ許されるんだ!」報道特注 #64~67

【レギュラー出演者】
生田よしかつ(築地まぐろ仲卸三代目)
足立康史(日本維新の会)
上念司(経済評論家)

【ゲスト】
加藤清隆(政治評論家)
(11月13日収録)

(意図的に?)世間を騒がせた11/15の質疑
[維新]足立康史「福山哲郎・玉木雄一郎の獣医師会からの献金、朝日ねつ造問題を追及」(衆議院・文部科学委員会)
より前の収録です

(1/4)


(※動画が削除されてしまう場合があります、ご視聴はお早めに…)
(2/4)
♯65 報道特注【政治評論家、加藤清隆参上!②】 – YouTube
(3/4)
♯66 報道特注【政治評論家、加藤清隆参上!③】 – YouTube
(4/4)
♯67 報道特注【政治評論家、加藤清隆参上!④】 – YouTube

朝日が足立議員に取材して書いた記事
維新:足立康史議員の「朝日新聞、死ね」に、朝日新聞が反論記事

あの質疑が足立議員が謝る事になりましたが、

内心は「大勝利」と思っているでしょうね!

朝日など、都合の悪い所は隠して「犯罪者」という言葉だけを強調したメディアもありましたが、

NHKは午後7時のニュースで、あの質疑を放映

玉木、福山両議員が、獣医師会から献金を受けていた事」が、全国中に知られる事態に・・・(笑)

一番困っているのは、この二人でしょうね・・・

この後、さすがに加計の追及は出来ないでしょうから・・・

まだ頭しか観てませんが、これは面白そう!※残念ながら動画は削除されました・・・ベストセラー1位、独走中! 永田


敵(元民進)は、またこの手で、都合の悪い事が拡散されたら困るとの事で・・・

足立議員も謝ったにも関わらず、懲罰動議を提出

維新・足立氏に懲罰動議=「犯罪者」発言で-立憲:時事ドットコム

次はさせまじの構えで来ていますね・・・(-“-;)

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コメント

  1. 仲井 より:

    ★【国家は悪だ】
    ★権力がすべての利権だと。
    ★だから自分の参加していない政権は倒すべきだという、

    というまさに朝日のこの発想と、考えというのは、奴らが死んでもこの発想は朝鮮民族の根っこからまず変わることは一切ないだろう。

    朝鮮民族というのはその歴史しか見て育ってきていないのだ。
    常に政府の転覆でしか王朝を倒せなかった歴史があそこにはあった。
    そこには利権も、奴隷制度もが、そこと密接にくっついた国家社会になっていた。

    これこそまさしく朝鮮半島の繰り返してきた、”時の政権” ”権力者”を陥れ倒し、自分がその座を奪い取るという、それでしか民主主義に近いものはできないという発想。
    だが奴らの言う民主主義は本当の民主主義などでは到底ない自分らがただ権力を奪い取ってその場に自分らが座るといううそれだけのことで利権を自分らの手に奪えればそれが民主主義を勝ち取ったと、そういう繰り返しの発想。
    ここから奴らは絶対に抜け出せない歴史をかぶって生きてきている。
    常に人が自分以外が持つ利益をねたみうらやみ常にそれを倒してそこの利益を自分らで奪い取るというこの繰り返しでしかない。

    一定の決まった”鉢”のものを、それを誰かの手から自分のものにするという、ただこれだけが目的で奴らはここに民主主義という文言を使って国民をだまし続けてきた。
    だから挑戦という国は新しいものへの発想が一切浮かばなくて常にあるものを誰かの手からこっちの自分にただ奪い取る手法歯科学校でも親からも会社社会でも学んでいないのだ。

    常に自分以外が持っているものをとにかく奪うだけ。
    誰もが持っていないものを新規で発明して全く新しいものを作るとか、新しく築くとかの発想に一切いかずに、とにかく目に見えているものを今誰かがすでに持っているものをそこからどうやって奪うか、誰かから奪い取るだけの教育しか歴史的にこれしか代々引き継がれていなくて、常にだれかの持ち物ばかりに目を光らせ常に人の持つものに目が行くのだ。人が持っていて自分にはなぜ持てないのかと、では持つにはどうするのか、それを持っている人の意味から奪い取る、奪い取るにはどうするか、そこがこの朝鮮での教育の基本になっている。
    それを自分のものにすることが朝鮮民族の最大の人生訓なのだ。
    誰かと同じようになりたいだとかもう腐りはてている。

    だから世界でも以上に見えるあの受験戦争という異様すぎる状況を生むのだ。

    利権をもって現在いてる連中の仲間に入るためだけにやつらはあの受験戦争というものを毎年やっている。世界から見てあの光景ほど卑しく見えて異常である。

    つまり自分で何かを作るというのではなくて、今人が、自分以外が持っているその状況に妬み、そこになんとか自分を入れていきたい、そこにいてるものを追い出してでも自分がそこに入りたいという発想なのだ。

    もう人間ではない明後日襲ってるという風景に見える。
    いいことはみんなで共有という発想は、奴らには一切持てない民族。

    そういう国家民族なのだ。

    何のことはない人が回していたものが自分のところに回ってくればそれでいいという発想。そのことでそこにいてた人がその先どうなろうと全く関係ない、自分がそこに厳しい入場規格を通って入いったのだからこれでいいという発想。
    とんでもない、人間とは言えないもう獣の世界の狙って餌を奪い取るだけという発想。

    この自分らがそれに代わって権力を奪い取るという奴隷制度の作られていた身分制度からの朝鮮王朝時代の成り行きと全く同じ思惑しか持たない連中。
    歴史の繰り返してきた利権と弾圧と既得権は、これがすべてが権力の場に存在しているという前近代的内容を、まだこの時代でもまだそのままだと、全く同じだという発想。

    日本は民主主義が存在していることをこいつらは全く思いもしない。
    つまり権力は悪だと、自分以外がその権力の中にいない場合は、それはすべてが権力は悪だという発想。自分がそこにいればそれは民主主義だという発想。

    この間も書いたが、
    朝鮮民族というのは、権力というのはすべての利権の象徴だと、既得権は権力者のところにしか存在していないと、国民は、その既得権利益は一切それは関係ないと、朝鮮王朝のように、すべて権力者の中にしかないと、でも矛盾しておかしいのは朝日や朝鮮民族の言ういわゆるよく口に出し彼らの言っている国民というのは、これは普通の国民のことでなどさらさらない。
    彼らが言う国民という意味は、朝日やいわゆる市民連合とか彼らが言う市民のことでありこれらは何も本当の日本人でも何でもない違法移民の朝鮮民族のことであり、彼らが時の権力者を何とか陥れ自分らがその権力の座の中に入りたいというそれだけだ。

    権力の座イコール既得権利権そのものだと奴らは思って信じている。

    確かに現状の日本はここ40年余りにわたって、政権政治の世界企業の世界学業の世界行政の現場ほぼすべてが朝鮮民族で占められだしたことは事実だ。

    だからと言ってあの朝鮮王朝が君臨して国民の危篤部分を独占ですべてを抱えてしまってるところにまで入っていない。

    朝鮮でいう権力イコール既得権が、ここが権力者が国民をすべて蔑ろの独裁的につかみ、国民など全く無視での、忘れて独占的に国の利益分を王朝の一言で左右されるようなそういう朝鮮王朝のような国民へ分配をしていないことまではいっていない。
    そこまでは日本はなっていない。
    民主的選挙でえらばれる構造は行われている。

    私が以前から指摘してきてるように確かに日本の現状は40年前から日本でありながら政権は常に朝鮮民族が政権及び行政にまで占め出してきだしたことは事実だ。
    そうかといってまだこの日本は朝鮮王朝とまではシステム的にまだ行っていない。
    日本の政権が朝鮮民族の政権にここまでなりだしてきて、日本民族の政権からまんまと朝鮮民族の政権、独裁的支配権のようになってしまったことはまだそこまではいっていないことは確かだ。

    つまり朝日が言うように、朝鮮で彼らが経験してきていたような歴史で学んでいたようなまさに日本がすべてにわたって朝鮮王朝のようになっているかといえば、まだ日本国民はそこはまだ許していない。
    時の権力者が利権を独占しているという部分は朝日が言うそこはある意味当たっている部分はあるが、だが日本は民主主義でそこは選挙で十分に覆せるし国民の目もまだ見張ってみている。
    朝日が言っている民主主義という意味は、自分らが権力の座に入ることがやつらの感覚での民主主義だと思ってるのだ。

    常に自分らは権力の座を奪い取らねばというそこに焦点を集中させている。

    これは日本人というのは別に権力の座などどうでもいいのだ。
    権力という意味の日本人が持つ意識は国民に代わってただ行政政治を国民から委託されて任される権利、そういう解釈で日本国民は権力の座というものを思って認識している。
    つまり権力の座にいてるものは国民から委託料を支払われてその委託されたものをこなしていくというただそれだけの一という意味なので権力の座に座りたいなどおそらく日本国民はそんなこと思いもしないだろう。

    ここが日本民族と朝鮮民族のそれぞれ経過して繰り返してきたそれぞれの国で起きていた歴史の違いの受ける感覚なのだ。

    そこへ行くと朝鮮民族は何が何でも県r直の座に就きたいというもう執念のようなものが生まれた時から植え付けられて育っている。

    権力の座に就けば入れば何でも思うようにできると利益も既得権も自分の思う通りにできると思い込んでいる。

    だから時々日本の朝鮮民族議員が議員になればどんなこともできる利権をむさぼろうととんでもないことまで平気でやるのだ。

    日本人政治家にはできそうもないこの権力と利権のくっつく発想は、これこそ朝鮮民族にしか持てない、持たない本性だ。

    朝鮮民族は常に、権力はとにかく自分のそばにあれば何でもできるもんだと、国民といううものは奴らは朝鮮民族や、自分らのことであり、日本でいう民主主義を、これを奴らは、彼ら朝鮮民族にすれば意味が全く違っていて、中身の意味を書き換えての、国民という意味が、国民イコール一般大衆の日本中の日本国民のことではないのだ。

    常にその折ごとの権力を持つものを倒してその権力を自分のものにしようとするもの個の朝鮮での権力転覆を狙って自分がその権力の座にと狙うものがつまりは彼ら朝日などが言う国民という呼び名の国民なのだ。

    朝日や、立件民主の枝野や、
    共産党志位や、辻本や、福島瑞穂などが常に自分らを応援していると口に出してくるいわゆる市民という呼び名の連中や、国民という呼び名の連中というのは、日本の普通の無欲の日本の民主主義での国民のことでは一切ない。

    ★自分らには国民がついている、
    ★市民連合がついている、
    ★自分らは国民の代表だ、
    などと、
    まともそうにこう言って、まんまとそれらしきだましてよく言っているが、
    朝鮮民族は、
    これこそ権力そのものがただほしいだけでの、利権が欲しいだけの、
    ことさらいかがわしすぎる思惑での、究極は朝鮮王朝でいう政府転覆を狙う、人間とは相いれそうもない、ほど遠い民主主義を語る連中で、泥で腐ったにおいぷんぷんの汚物連中らである。
    今の北朝鮮と同じくとにかくすべての利益は王朝の権力者にだけ存在しているもんだと、権力を持つということはどんな民主主義国家だと言っていてもこれは絶対にそうなってるもんだと、だからいつかその権力をこちら側に奪い取っていくことが、これこそ普通だと、民主主義だと、そう思い込んでいる。
    奴らの言う民主主義とは、日本の場合には今存在する違法移民の、一部の朝鮮民族による、政権の転覆を最大願う、狙うことこそ、これこそ朝鮮民族が日本国民をだまして唱える勝手すぎる民主主義なのだ。
    ★民主主義という言葉が、悔しくてもう泣いてることだろう。

    政治家の既得権政治というのは、朝鮮民族にすればそれはすべて既得権を握れるもんだと、だから朝日や市民と名ばかり名乗っている違法移民の朝鮮民族にすれば、自分以外が権力を持つと、民主主義自体がそれが無きものにされると、すべて自分の利権、既得権はすべて無くなってしまうもんだと。

    時の権力の転覆と、奪い取るこの繰り返しの歴史が行われた朝鮮半島でのこの腐った政権交代が、この植え込みがあの民族にはそのまま今のこの時代になっても権力を倒せばまだ既得権が自分の独占でいけるようになると思い込んでいるのだ。

    ここまでやってきたこの代々の朝鮮王朝での繰り返しの、政府を転覆させては次は自分がその権力の座に就くという野望、汚物のごとくのこの欲から出ているこの薄汚い欲の野望の歴史が、そのままこの発想の根っこにある。

    朝鮮の歴史と日本でここ数十年にわたって今起きている日本での、この一連の朝日を筆頭に新聞テレビが起こしてきた動向、同じことの発想で自分に権力をとにかく近づけようと、それがすべてだと、国民などは朝鮮流で行けばあいつらは犬や豚と同じではいつくばって生き延びろそれでいいという発想だ。
    朝日や連中の行動を見ているとそこしか見ていない、権力をとにかく和賀のそばに置きたいというここだけで奴らは執拗に陥れ工作を続けてきている。
    権力が持つと思い込んでいるその既得権を朝鮮流に自分のそばにという狙いの薄汚れた野望だ。
    日本でのここ40年を見ていると、朝鮮民族の手に日本の政権が移った時から常にそれを狙い今か今かとそのチャンスをうかがいながら奴らが生きてきていることがよくわかる。
    歴史がそれを出している。

  2. 仲井 より:

    ちょっと広がる内容になって申し訳ないが、最近起きているいわゆる日本の名の通った大手企業といわれるところ、また日本での、信用を大事にしてそれを誇りとしてきたはずのモノづくりとしての誇りを売りにしてきていた日本の老舗企業で発生している、これら大企業によるモノづくりの上での【偽装】行為。

    戦後ずっと積み重ねてきた日本のモノづくりのそこに、だました身元の違法移民が日本人従業員で入り込みだし、その後結果最近起きているこういう現象が、これが日本で起きてきている。

    一連のこれらはほとんどの原因は、
    これはちょっと日本人企業でありながら実は途中からは日本人が仕切る内容の企業には実はなっていない姿に今やなりだしている、日本の日本人がという意味からは意味が違う者らがやっているのが多いんだが、
    例えば小さいところでの産地偽装から始まって、ヒューザーによる耐震偽装、
    大地震の時の東電の隠ぺい工作や、核燃料リサイクル施設での怠慢と偽装報告、隠ぺい工作、
    ここ最近の日本の最大手車産業での、いろいろと出てくる偽装行為、また、神戸製鋼や三菱重工業、このマティリアルに至るまで、この事実と違うものをこれを表で出して偽装工作するという行為、こんな状況が、ここ大量に出てきている。

    これを見て、知って、日本国民にすれば、日本国民の意識からすれば、本当に残念というか情けないというか、なんでそんなことが平気でできていくのかが日本人の感覚では多分わからないと思う。

    そうそのはずです。
    日本人の感覚では到底わからない。

    そうなんです。
    これは実は日本人がそこでほとんど参加していない状況が、もうすでに日本の大企業日本のモノづくりの信用あるその現場には、誇りで作る現場には、ここ40年程前からすでにもうすでにそこには日本民族ではないものが、もうすでに想像を超えるレベルで多くを占め出してきているのです。

    つまり今日本の大企業といっていても、最先端技術開発の現場にはもうすでに日本民族の人間がものすごく少なくなってきています。

    韓国のあの受験戦争のあの状況を見てみたらそこの部分が日本人で見ていてわかるでしょう?
    我々世代が学生から社会に出るときには、そんなことは思いもせずに、自分が世の中で何かをやるんだと、そういう思いのほうが強い意識で卒業し、働く場所も、肩書になる部分など自分にはそんなものなど一切必要もなく、その企業で何が自分にできるのかをそこだけが社会に出て大人としての就職の最大目的であった。

    だが韓国の今を見ていたらわかる通り、あの学生や親らが望んでいるのはすべてが肩書がつけられるところ、つまり自分が何かをやるというのではなくてその組織、その企業、その場所でそこに存在することが最大に目的であの過酷どころか異常な受験地獄にはまってでもあれを成し遂げようとやっている。

    これが朝鮮民族の本質なのだ。

    日本の終戦後もまだ奴隷制度があるほどの身分制度の存在した朝鮮と、身分制度など何にもなかった日本人社会の、全く違う意識のところがここである。
    だからあれだけの受験までしてなんとか自分らをそういう身分の高い(朝鮮ではいい生活ができる位置は身分が高いという認識)ところにとにかく入りたいとの、もう人間として救いようのないみじめな争いを、なんとこの世で、この時代にまだ今のこの時代もまだやってるみすぼらしい姿があれだ。

    あの受験戦争という状況はとにかく肩書で自慢できる企業公務員になりたいというその奴らの思う高いとされている朝鮮での身分、ここへの狙いだけが最大優先で意識でもってあの受験に臨んでいる。

    日本民族と朝鮮民族の決定的違いは、実はそこだ。

    彼らは日本でも、誰もが知る企業、誰もが思う官僚(私などは、自分で独立意識も持てないだろう官僚ほど人間らしくない自分の力、能力を封鎖されるのではと思ってしまうんだが、あんなつまらん業務はないと思ってるんだが)の世界、公務員の世界、肩書が通じる企業を徹底してお受験からすでにそれを目指してやってきて、奴らが狙い通り日本でそれを実現し、現在の今があるのです。

    つまり日本の企業だと、日本人がすべてやってる企業だと日本人はおそらくほとんどの人は思いこんでいることだろう。
    官僚も大企業も、研究機関も、モノづくりの大企業も。

    ところが実はここに、戦後の時期に、大勢の朝鮮民族が日本の国籍をだまし取ってから大手企業や官僚の世界に採用担当がだまされた状態(昔は在所まで企業の総務課長らが採用決定の前にきちんと日本民族かどうかとか本人の学生時代の行状とかあらゆる近所で聞き込みをやって大丈夫なものしか採用しなかったのが日本のきちんとした大企業であった=私の時にも交通機関を電車、船を使って片道17時間もかけて一人の新卒の学生を従業員として雇うために、大手企業の人事の総務課長がわざわざ私の在所の田舎までやってきて、近所に聞き込みの調査に来ていたことがあり、そこから最終の採用決定が出た=日本で一時期、なぜ飲食店勤務の者や小さい町工場の者が、公に一般社会での評価、信用が薄かったかといえば、そこの事業主が、これら従業員を雇用する折に、採用時に身元の調査をきちんとやっていないものを採用していたから。本当の日本人かどうかが定かでなくて信用がならんとされていたのだ)で、
    日本人として間違えて騙されて採用され(その後昭和50年代60年代と移る段階ではもうすでに身元の調査ができないようになったり、だんだん企業内に朝鮮民族が多くなりだし、この身元の調査自体を本当にやってしまうと自分自身がバレてしまうので、これ自体をもう身元の住所地周辺までという調査を、かえって自分が危なくなるので都合が悪いのでしなくなりだした)、
    実際に研究開発の最先端技術の現場には、大企業の現場にはもうすでにこの日本人として騙されて採用された朝鮮民族が、これがそのうち連中がリーダーや取締役や現場主任やチーフとなって、全国の大手企業や官僚として全国に多く存在するようになってきだしました。

    この結果が結局今のこの偽装工作というこんなことに平気で手を出し状況が起きだしてきだした。

    【魏より始めよ!】という格言を忘れ、日本社会を日本民族がやり続けるのではなくていつからか40年程前から一気に朝鮮民族に企業は気づけぬままにだまされた状態で徐々に徐々に浸食され、まさかと、採用時の身元の調査をおろそかにしたおかげで日本人だと思っていた連中が実は違う民族で、しかも連中は日本国籍までだまし取っている家系から出てきている連中だとは気づけずに、信用して任せてしまい、いつの間にか日本の企業で日本人が運営している企業のはずが、どこからか朝鮮民族が仕切る企業へと入れ替わっていき、ここでアウト状態になってしまった。

    人間の信用というものが、国家の信用というのものがいかに大事か、人間の信用が、従業員への信用が、つまりはその企業の最大の信用になり、そして日本国家の信用になる。
    ここを忘れ従業員はきちんと調査をして採用しないといけないと、そこをおろそかにしてしまい、それこそがその企業の信用になるというそこの初めの一番大事な部分を、朝鮮流に流れでそうしてしまったそのツケが今こうして世界中に日本のモノづくりの信用を壊す結果になりだしている。

    三菱重工業は今から10年以上前、もう20年近く前になるだろうが、松下電工、オムロンにもここにも伝えた。
    松下電工は、北朝鮮と共同で日本における北朝鮮直営、運営の事業のその中で使用されているコンピューターシステムでの制御におけるコントローラーシステムを提供していた関係で。オムロンは追尾システムでの防犯システム等での。

    ここに至るまでには、無論川崎重工業、住友、日立にも、理研にも、ダイキンにも、防衛相にも、むろん警察庁、警視庁ほか全国警察本部にも伝えまくったが。

    ★採用時の民族調査は、これはぜひやっておかないと将来の日本に、取り返しが聞かないものすごいことが起きますよと、絶対に必要ですよと。

    差別ではなくて、これは普通に当たり前にやることですよと。
    日本が安全で規律、情報漏れの防止、機密が守れたのは、そういう採用時の徹底した身元の確認作業、調査があっての部分の意味が大きかったからですよと。

    この民族偽装をやってるものを、ではあなたは信用して手を結びますか?
    これが差別になりますか?
    相手は隠してだましているものを、これを調査することがこれが差別になるんですか?って。
    そんな国籍ごと、身元ごとだまして申告してきている連中のことを、やってきている人物を、会社や個人的に親密になって秘密を互いで共有できるだけの信用ができますか?という単純な内容です。

    ★ここにきて起きている偽装行為について、このことを指してテレビでは、【最近の日本人は】などと言っているが、ここがまずは全く違う。

    日本が日本ではなくなってきているのは、何も時代が現代になってきて現在の社会人のモラルがなくなったからだとか言ってるが全く違う。
    今の時代になってきたから昔と違うだのと、だからこうなってきたのではなくて、
    本当はそこに存在している従業員自体が、人種、民族が、昔と違って日本の社会で朝鮮民族に入れ替わってしまい、大きく入れ替わり、入れ替わってしまってるからこういうことが起きているのである。